2025年10月15日(火)、日本関係人口協会の第5回オンラインセミナーを開催。ゲストは田中輝美氏(島根県立大学准教授)。日本各地の地域課題を社会学的に研究し、地域の本質的な問題と向き合い続けてきた研究者です。
今回は田中氏の講演と、同協会理事の差し出との深いクロストークで構成。「人口減少時代における関係人口の実践と理論」をテーマに、地域が直面する「心の過疎化」という本質的な課題について、学術的かつ実践的な視点からお話しいただきました。
人口減少という見かけの問題、心の過疎化という本質
地域課題の誤解
人口減少時代、地域が抱える課題として「人口減少」そのものが強調されがちです。しかし田中氏は、研究の世界で指摘されているのは、人口減少よりも「心の過疎化」が地域の本質的問題だと指摘します。
「やはり地域課題が起こって問題が顕在化しても、地域住民が『これは地域の課題ではなくて、自分たちの課題だ』と思っていなかった。主体的に課題解決に向けて動きがなかった時代が長かった」
こうした地域住民の心理的な疲弊や主体性の喪失を、田中氏は「心の過疎化」と名付けます。
衰退のサイクルから抜け出す
人口減少の中でも、地域住民が自分たちの問題として課題に向き合わず、行政や外からの支援に依存するだけでは、問題解決は進みません。むしろ、そうした受動的な姿勢が、さらなる課題の悪化を招く「衰退サイクル」を生み出しているのです。
「担い手が育たないと、その結果、課題解決しないし悪化もしていくという衰退サイクル。これを脱するには、自分たちが主体になって課題に取り組む必要がある」
関係人口が解く、地域再生の鍵
外部からの視点と刺激
田中氏は、こうした衰退サイクルから地域を脱させるうえで、関係人口は極めて重要だと強調します。地域外から訪れた人たちが、新しい視点をもたらし、地域に刺激を与え、住民に新しい考え方や行動を促すからです。
「スーパーなパーソンが来て代わりにやってくれるのではなく、地域に入ってくる若者など、そういった新しい視点をもたらす関係人口と出会うことで、地元の人も『我ら課題を解決していくんだ』と主体的に動き始める」
つまり、関係人口はただ労働力や消費を提供するだけではなく、地域住民の意識や行動を変える「触媒」なのです。
地域づくりの主体形成
田中氏がとりわけ重視するのは、こうした刺激を通じて「地域をつくる主体」が育成される点です。外からの支援者と地元の人々が対話や協働を通じて、新しいつながりを紡ぎ出す—それこそが、持続可能な地域再生につながるというのです。
「この地域に生まれた質的変化が見えるかすると、『ああ、この地域は俺たちが変えられるんだな』って思い始めて、そこから新しい動きが起きるんです」
クロストークでの深い洞察
愛情とリスペクト
差し出との対話の中で、田中氏が強調したのは、地域住民を否定することなく、その主体性を信じ、応援することの重要さです。
「スーパーな専門家の人が来て代わりにやってくれるみたいなアプローチではなく、地域に入ってくる若い人たちが来てくれたり、新しい視点をもたらしてくれたり、で仲間になってくれることが大事。担い手を育てるときは『ほっとけない仲間』という意識が必要」
同時に、現在の地域で起こっている変化を冷徹に分析することも大切だと指摘。イメージや感情だけではなく、データに基づいた課題認識が必要なのです。
関係人口の本質的意義
差し出が「勝手口から入るのが大事」と表現したのに対し、田中氏は「関係人口が増えるということは、単なる人数ではなく、地域への向き合い方が多様になること」と述べました。
異なる背景や価値観を持つ人たちが地域に関わることで、地域内で固定化した考え方が解きほぐされ、新しい可能性が生まれるのです。
ゲストへの共通質問。3つの問いへの回答
Q.田中さんにとって「関係人口」とは?
A.「人と人のつながりのこと。その人たちが織りなす、新しい何かをつくっていく営みです。関係人口は、地域と外の人のつながりから始まる新しい仕組みづくりであり、その中から地域の担い手が育っていくプロセス」
Q.なぜ今、関係人口が必要?
A.「人が減っていく中で、地域住民だけでは課題解決ができません。外からの視点や刺激が必要不可欠。同時に、地域住民が心の過疎化から抜け出し、『自分たちが主体的に課題を解決するんだ』という意識を持つことが極めて重要です」
Q.関係人口が広がった先の未来は?
A.「地域が自信を取り戻し、新しい担い手が生まれる。外からの人も地域の人も、相互にリスペクトし、一緒に地域づくりをしていく。そこから百花繚乱とした、多彩な地域の営みが生まれる」
まとめ
島根県における長年の地域研究を通じて、田中氏が提起した「心の過疎化」という概念は、人口減少という表面的な課題を超えて、地域再生の本質を指し示しています。
関係人口は、この心の過疎化から地域を救い、住民の主体性を呼び起こす重要な手段です。新しい視点をもたらす外部からの人々と、地元の人たちが真摯に向き合い、対等な関係の中で地域づくりを進める—それが、これからの地域創生の道なのです。
田中氏の提言は、単なる理論ではなく、地域で実際に起きている変化を観察し、そこから導き出された実践的な知見に満ちています。「ほっとけない仲間」という表現が示すように、関係人口とは、制度や政策を超えた、人間的なつながりの営みなのです。

