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なぜ江津の屋根は赤いのか? 土と火と水運がつくった石州瓦の町

赤褐色の石州瓦を思わせる屋根が連なる、江津の地質と水運を象徴したAI生成イメージ

島根県江津市を歩くと、海辺にも、川沿いにも、赤褐色の屋根が重なって見えます。なぜ、この町の屋根は赤いのでしょう。答えをたどると、約200万年前の地層、1200度を超す窯、江の川と日本海の航路、そして瓦を選び続けてきた暮らしが、一つの風景の中でつながります。

なぜ、江津の屋根は赤いのか

赤い屋根の正体は、島根県西部でつくられる「石州瓦」です。三州瓦、淡路瓦と並ぶ日本の代表的な瓦産地の一つで、江戸時代初めから約400年にわたり生産されてきました。

石州瓦の赤褐色は、表面を赤く塗った色ではありません。島根県西部で採れる耐火性の高い粘土を成形し、松江市宍道町周辺で採れる来待石を主原料とする釉薬をかけ、1200度を超す高温で焼くことで生まれます。この独特の赤褐色は「来待色」と呼ばれています。

江津市の市勢要覧は、その背景に約200万年前に形成された都野津層の粘土と、高温の焼成技術があると説明しています。石州瓦工業組合によれば、かつて石見焼や瓦は巨大な登り窯で1300度前後まで焼かれ、現在の近代的な窯でも1200度以上で焼成されています。時代や製品によって温度は異なるため、「すべての石州瓦が1300度で焼かれる」という意味ではありません。

赤は、強さの結果だった

石見地方は日本海に面しています。潮を含む風が吹き、冬には雪や凍結の影響も受けます。日本海沿岸へ広がった屋根材には、水を通しにくいこと、寒さで割れにくいこと、塩害に耐えることが求められました。

島根県と特許庁は、高温で焼き締められた石州瓦を、透水、凍結、積雪、塩害などへの耐久性が高い瓦として紹介しています。赤は強さそのものの証明ではありません。しかし、来待石の釉薬が高温で赤褐色に発色することと、高温焼成が耐久性につながることは、同じ製造工程から生まれています。江津の屋根では、色と性能が一つの技術に重なっているのです。

江津市は、波子町、都野津町、黒松町、江津本町などに残る赤瓦の家並みを、江津らしい景観として位置づけています。黒松では日本海の漁村に赤瓦が連なり、都野津では瓦を生んだ土と窯業の歴史が町に残り、江津本町では商家や歴史的建築と赤瓦が重なります。同じ赤い屋根でも、場所ごとに海、産業、商いの物語が違います。

江の川と北前船が、瓦を運んだ

江津という地名は「川の港」に由来するとされます。中国地方最大の河川・江の川の河口に位置する江津は、川と海を結ぶ交通の要所でした。

江津市の市勢要覧によれば、江の川の舟運では、上流側から穀物、銑鉄、木材、炭などが運ばれ、江津側からは陶器、塩、干し魚などが上流へ向かいました。河口の江津本町は北前船の寄港地としても栄えました。特許庁は、石州瓦が江戸時代以降、北前船に乗って日本海沿岸の寒冷地へ広がったと説明しています。

ここで、江の川舟運と北前船を同じ輸送路として混同してはいけません。江の川は中国山地の内陸と河口を結び、北前船は日本海の港々を結びました。江津は、その二つの水の道が接する場所でした。石州瓦は地域の内側だけで完結した工芸品ではなく、海運を通じて広域の暮らしを支えた産業製品でもありました。

「昔の風景」で終わらせないために

石州瓦を取り巻く環境は変わっています。住宅着工数の減少や屋根材の多様化により、瓦の需要は長期的に厳しい状況にあります。赤瓦の家並みも、何もしなければ同じ姿のまま残るわけではありません。

江津市は、赤瓦の景観保全と建築関連産業の活性化を目的に、石州赤瓦を使う建築物の新築や屋根替えなどを支援しています。江津本町や江の川周辺をはじめ、地域ごとの景観づくりも続けられています。

一方で、石州瓦は伝統的な和形だけにとどまりません。平板や洋風の形、壁材や床材などにも用途が広がっています。守ることと、使い方を変えることは対立しません。地域の技術が次の建築に使われてこそ、窯の火と職人の仕事も続いていきます。

江津で見るべきものは、屋根だけではない

赤瓦の町並みを見るときは、色だけでなく、その下にある地形にも目を向けてみてください。瓦になる粘土を生んだ地層。高温をつくった窯。製品を運んだ江の川と日本海。船を迎えた港町。そして、今も屋根を使い続ける人の暮らし。

江津本町、都野津、波子、黒松。それぞれに赤瓦の景観が残ることは江津市の資料で確認できます。ただし、個々の建物の年代や瓦の来歴は、外観だけでは判断できません。歩いて見える色の違いを、すぐに年代や産地の違いと決めつけず、町の成り立ちを知る入口として眺めるのがよさそうです。

江津の屋根が赤い理由は、一つではありません。赤く発色する釉薬があった。高温に耐える土があった。厳しい気候に耐える強さが必要だった。川と海の輸送路があった。そして、その瓦を選び、葺き、直しながら暮らしてきた人がいました。

赤い屋根は、江津の飾りではありません。土地の条件を仕事へ変え、遠くの暮らしともつながってきた、江津の産業と生活の記録です。

江津と関わる入口

  • 江津本町や都野津、波子、黒松で、赤瓦の町並みを歩く
  • 江津市地場産業振興センターで、石州瓦と石見焼に触れる
  • 瓦を使った建築、景観保全、ものづくりの担い手を知る
  • 江の川と日本海をたどり、産業を運んだ水の道を見る

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