高齢化する地域で、避難をどう支えるか。
避難を本人や家族だけに委ねず、個別避難計画、地域コミュニティ、福祉、交通、行政をどうつなぐか。人口減少時代の地域防災を一次資料と自治体事例から考えます。
最終確認:2026年10月5日
高齢者の避難は、本人の注意だけで解決できる問題ではありません。移動手段、健康状態、情報の受け取り方、家族・近隣との関係、福祉サービス、地域交通、行政の支援体制が重なっています。だからこそ高齢化する地域では、「誰が、何を、どこまで支えるか」を平時から本人を含む関係者で確かめ、地域の仕組みとして更新する必要があります。ただし、年齢だけで一律に避難が難しいと決めつけることはできません。

01 問い――避難を個人だけの問題にしないために
災害時に「早めに避難しましょう」と呼びかけるだけで、すべての人が同じように行動できるわけではありません。階段や坂道を歩くことが難しい。車を運転できない。常用薬や医療機器が必要である。放送やスマートフォンの通知に気づきにくい。家族が遠方に住んでいる。状況は人によって異なります。
一方で、65歳以上であっても自分で情報を集め、地域活動や仕事を担い、ほかの人を支える人は大勢います。内閣府の高齢社会白書も、制度や文脈によって「高齢者」の定義は異なり、65歳以上を一律に捉えることは現実的ではないとしています。必要なのは年齢による決めつけではなく、その人の生活、心身の状態、住環境、災害リスク、移動手段を具体的に見ることです。
この記事の問いは、「高齢者を誰が助けるか」だけではありません。人口減少で地域の担い手も減る可能性があるなか、本人、家族、近隣、自治会、民生委員、福祉専門職、自主防災組織、交通事業者、行政が、無理なく持続できる支援の仕組みをどう組み立てるかです。
02 先に結論――計画・関係・移動を一つの仕組みにする
高齢化する地域の避難を支えるには、名簿を作るだけでも、「地域の絆」に期待するだけでも足りません。少なくとも、①支援が必要な人と本人の意向を把握する、②災害と避難先に応じた個別避難計画を考える、③家族・近隣・福祉・行政の役割を調整する、④移動手段と情報伝達を確認する、⑤訓練で試し、更新する、という循環が必要です。
その際、支援する人の安全を最優先し、特定の一人に責任を集中させないことが重要です。計画があっても、災害の規模、発生時刻、道路、天候、支援者の被災によって実行できない場合があります。個別避難計画は「必ず助けてもらえる保証」ではなく、選択肢と役割を平時に具体化するための仕組みです。
03 なぜ今重要なのか――支援される側と支える側を同時に見る
令和8年版高齢社会白書によると、2025年10月1日時点の日本の総人口は1億2,322万人、65歳以上人口は3,622万人で、高齢化率は29.4%です。75歳以上は2,127万人、総人口の17.3%を占めます。また、65歳以上の一人暮らしの人の割合は長期的に増加してきました。
この数字だけから、避難支援が必要な人の数や地域の対応力を直接判断することはできません。しかし、高齢化と人口減少を同時に見る必要はあります。通院や介護を支える人、自治会や自主防災組織の担い手、交通の運転者、行政職員、消防団員も地域人口の一部だからです。支援ニーズが多様になる一方で、同じ住民や少数の役員に役割が集中すれば、仕組みは続きません。
地域を見るときは、総人口や高齢化率だけでなく、一人暮らし世帯、居住地の分散、坂道や河川、医療・福祉施設、避難場所までの距離、交通手段、昼夜人口を重ねます。日本関係人口協会の人口データ、公共交通データ、自治体財政データは、その地域で実行できる支援を考える入口になります。
04 データで見る――高齢化率だけでは見えない避難の条件
同じ高齢化率の地域でも、条件は異なります。住宅がまとまっている地区と山間部に点在する地区、徒歩圏に避難場所がある地区と急な坂を越える地区、家族と同居する人が多い地区と一人暮らしが多い地区では、必要な支援も変わります。
避難の条件は、次の四つを重ねると具体化しやすくなります。
| 見る対象 | 確認すること | 計画につながる問い |
|---|---|---|
| 人 | 本人の意向、移動・情報・医療上の配慮 | どの場面で、どんな支援が必要か |
| 場所 | 災害リスク、住宅、避難先、経路 | その災害で、その経路は使えるか |
| 移動 | 徒歩、自家用車、バス、タクシー、福祉輸送 | 誰が運行・判断し、代替はあるか |
| 支える体制 | 家族、近隣、福祉、地域組織、行政 | 一人に集中せず、どう連絡し更新するか |
数字は優先度や資源配分を考える材料ですが、個人の避難可能性を年齢だけで推定する道具ではありません。統計と、本人を中心にした個別の確認を行き来することが必要です。
05 制度・政策――名簿、個別計画、地域の計画をつなぐ
避難行動要支援者とは
内閣府は、災害が発生した場合や発生するおそれがある場合に、自ら避難することが困難で、円滑・迅速な避難の確保に特に支援を要する人を「避難行動要支援者」と説明しています。対象は高齢者だけではなく、障害のある人なども含みます。市町村は地域防災計画に定めた基準に基づき、避難行動要支援者名簿を作成します。2013年の災害対策基本法改正で、名簿の作成は市町村の義務となりました。
個別避難計画とは
個別避難計画は、避難行動要支援者一人ひとりについて、避難支援を行う人、避難先、経路、必要な配慮、連絡先などを関係者と調整して定める計画です。2021年の災害対策基本法改正で、市町村による作成が努力義務になりました。本人の同意や個人情報の適切な取扱いが重要であり、地域の実情に応じて福祉専門職や地域の関係者と連携して作成・更新します。
名簿は対象者を把握する基盤、個別避難計画は具体的な行動を考える仕組みです。両者は同じではありません。また、計画に氏名を書けば役割が確定するわけではなく、本人・支援者の理解、訓練、見直しが必要です。
地域防災計画と地区防災計画
地域防災計画は、都道府県や市町村の防災会議が、災害対策基本法に基づいて地域の防災に関する基本事項を定める計画です。避難行動要支援者名簿の対象範囲や情報提供など、市町村の制度運用もここに位置づけられます。
地区防災計画は、市町村内の一定の地区の住民や事業者が、自発的な防災活動を話し合い、地域の特性に応じて作る計画です。住民等は、その素案を市町村防災会議に提案できます。2013年の法改正で制度化され、2014年に施行されました。個別避難計画を地区の連絡網、訓練、避難所運営と接続するときの重要な器になりますが、個人情報を誰にどこまで共有するかは慎重な設計が必要です。
06 地域の事例――計画を「作って終わり」にしない
以下は、内閣府が紹介する自治体の取組です。いずれも完成形や全国共通の正解ではなく、地域条件、本人の状況、担い手、財源に応じて調整が必要です。
大分県別府市――本人・福祉専門職・地域をつなぐ調整会議
別府市のインクルーシブ防災では、障害のある当事者や家族の不安、必要な支援を聞き、福祉専門職が計画案を整理し、地域住民を交えた調整会議と訓練につなげています。日常の支援を知る福祉専門職と、居住地域を知る住民を結び、計画を修正する点が特徴です。
条件は、本人参加、部局横断、専門職との協力、個人情報への配慮です。地域の善意だけに頼らず、病院や福祉事業所など地域内の組織も含めて平時から協議する必要があると報告されています。
高知県黒潮町――福祉、防災、地区の活動を重ねる
黒潮町は、福祉避難所協議会、地域福祉の拠点である「あったかふれあいセンター」、自主防災組織、ケアマネジャーや相談支援専門員をつなぎ、個別避難計画づくりを進めています。少人数で避難経路と避難場所を実際に確かめる「お試し避難訓練」により、参加のハードルを下げ、計画を行動につなげている点も特徴です。
津波リスクや地域福祉の仕組みなど黒潮町固有の条件があります。他地域で考える際は、想定災害、避難に使える時間、避難場所、移動能力、支援者の安全を別途確認しなければなりません。
愛知県岡崎市――「ひなんさんぽ」で小さく検証する
岡崎市は、地域住民主体の個別避難計画を長く進める一方、制度の認知度、役員交代、訓練負担、実効性の確認を課題として挙げています。そこで、要支援者の自宅から計画上の避難場所まで支援者と移動する「ひなんさんぽ」を行い、大がかりな訓練より参加しやすい形で経路や計画を検証しています。
特徴は、うまくいかなかった点も含めて少しずつ改善する姿勢です。ただし、散歩形式が適切かは災害種別、距離、地形、本人の状態で異なります。自治体の防災情報と専門的判断を前提に、その地域で安全に実施できる方法を選ぶ必要があります。
07 地域コミュニティとの接点――「顔が見える」を役割分担へ
日常の見守りや近隣関係は、体調や生活環境の変化に気づき、情報を届ける接点になり得ます。自治会、民生委員、自主防災組織、社会福祉協議会、地域包括支援センター、ケアマネジャーなどは、それぞれ異なる情報と役割を持っています。
しかし、「顔が見える関係」だけで避難支援が実行できるわけではありません。誰に連絡するか、本人の同意をどう得るか、鍵や個人情報をどう扱うか、支援者が不在のときの代替、昼夜や平日休日の違い、支援を中止して自身の安全を守る条件まで決めておく必要があります。
既存記事「地域コミュニティと共助」で扱ったように、共助は公助の代替ではありません。行政は制度、情報、避難所、訓練、福祉との連携を整え、地域組織はできる範囲を明確にする。本人も計画づくりに参加し、支援する側とされる側を固定しないことが持続性につながります。
08 地域交通との接点――避難に必要な「移動」を平時から見る
徒歩避難が難しい人、自家用車を運転しない人、通院や買物で日常的に移動支援を利用する人にとって、避難先までの移動は計画の核心です。バス、タクシー、福祉輸送、介護事業所の車両などが地域にあっても、災害時に使えるとは限りません。運転者の安全、道路状況、交通規制、車両の被災、燃料、運行判断、利用者の優先順位を確認する必要があります。
個別避難計画では、通常の移動手段が使えない場合の代替や連絡方法も検討対象になります。ただし、特定の交通事業者や福祉事業所が必ず迎えに来ると約束できるわけではありません。協定や役割があっても、安全上の制約があります。
交通政策全般と災害時の段階別の役割は、「地域交通は、防災インフラになり得るか。」で詳しく整理しています。本記事では、交通網の有無よりも、一人ひとりの避難に必要な移動と地域の運用体制をどう接続するかを重視します。
09 関係人口との接点――地域内の担い手を置き換えない
関係人口は、原則として避難支援の法的・制度的な担い手ではありません。地域外の人に、高齢者や要支援者の避難を直接任せることはできません。土地勘、訓練、個人情報、責任、安全管理が必要であり、災害時には本人も来訪できない可能性があります。
それでも、平時から地域と関わる人や企業には、限定的な接点があります。防災訓練や地区の活動に参加する。専門知識を提供する。やさしい日本語や多言語を含む情報発信を支える。遠隔で記録や資源調達を助ける。復旧期に、受入体制と公式な募集に沿って支援する。こうした役割は、地域内の担い手を外部人材で置き換えるのではなく、地域の仕組みを補うものです。
「関係人口は、防災になるのか。」でも述べたように、平時の関係は有事の自動的な動員を意味しません。誰が、いつ、何を頼めるかを事前に合意し、災害時は自治体や受入組織の最新情報に従うことが前提です。
10 限界・注意点――計画は約束ではなく、更新する仮説
個別避難計画があっても、すべての災害で計画どおりに避難できるとは限りません。支援者も被災し、道路が使えず、停電や通信障害で連絡が取れない場合があります。支援者の氏名を記載することを、救助の結果を保証する契約のように扱ってはいけません。
また、本人の同意なく情報を広く共有すれば、プライバシー侵害につながります。反対に、情報が更新されず、入院、転居、身体状況、家族構成、避難先が変わっていれば、計画は役立ちません。作成件数だけでなく、本人参加、更新頻度、訓練、代替手段、支援者の負担を確認する必要があります。
高齢者を常に「支援される人」と位置づけることも避けるべきです。地域活動を担う人、家族を支える人、経験を伝える人もいます。支援の必要性は年齢ではなく、災害と生活条件の組み合わせで変わります。
安全情報:実際の災害時は、自治体、気象庁、消防、警察、交通事業者などの最新の公式情報を確認してください。本記事は、特定の人や地域に対する避難判断、避難経路、移動手段を指示するものではありません。
11 まとめ――避難を支える地域の仕組みを、平時の暮らしからつくる
高齢化する地域で必要なのは、「高齢者に早く逃げてもらう」という一方向の呼びかけではありません。本人の意向を中心に、名簿、個別避難計画、地区防災計画、地域交通、福祉、行政、近隣関係をつなぎ、実際に動けるかを試し、更新する仕組みです。
人口減少のなかでは、支える側の人数や時間にも限りがあります。だからこそ、特定の家族、民生委員、自治会役員、福祉専門職に負担を集中させず、できることとできないことを共有し、代替を持つ必要があります。地域外の関係人口は、直接の避難支援者ではなく、平時の訓練、情報、専門性、復旧期の資源を補う可能性があります。
避難を支える仕組みは、災害時だけ突然つくれません。通院、見守り、地域交通、地域活動という日常の接点から、本人も含む関係者が小さく確認を重ねることが、地域の備える力になります。
12 一次資料・参考資料
- 内閣府「避難行動要支援者の避難行動支援に関すること」
- 内閣府「関係法令・通知等について」
- 内閣府「避難行動要支援者の避難行動支援に関する取組指針(令和7年6月更新)」
- 内閣府「個別避難計画の作成に取り組むみなさまへ 追補版」
- 内閣府「令和7年度 避難行動要支援者名簿及び個別避難計画の作成等に係る取組状況調査」
- 内閣府「令和8年版高齢社会白書(概要)」
- 内閣府「みんなでつくる地区防災計画」
- 内閣府「地区防災計画ガイドブック(2025年4月)」
- 内閣府「別府市インクルーシブ防災」
- 内閣府「高知県黒潮町 実効性のある個別避難計画の策定を目指して」
- 内閣府「愛知県岡崎市 地域と育てる個別避難計画の取り組み」
