#06 宇田川――渋谷の谷を流れていた川

現代的な渋谷の街路と地下に隠れた川の概念を断面構図で表した創作ビジュアル(実景写真ではありません)
LJ / 06LOST JAPAN · THE RIVER UNDER THE CITY

東京都 渋谷区 — 暗渠化

街から川は消えたのではない。見えなくなった。その痕跡は、渋谷の地形と名前に残る。

戦前から部分的に覆蓋が進行
1960年代宇田川の暗渠化が進む
現在地名と地下の流路が残る

渋谷駅前からセンター街を抜け、宇田川町へ歩く。店と人で埋まる道の下に、かつて川が流れていました。

宇田川です。

いま、地上から水面を見ることはできません。川はふたをされ、下水道の幹線として都市の地下に組み込まれました。それでも「宇田川町」という地名が残り、道の曲がりや谷の低さ、橋の痕跡が、見えない川の位置を知らせています。

渋谷から川が消えたのは、ある一日の出来事ではありません。

目次

渋谷は谷にできた街

「渋谷」という名が示すように、この街には起伏があります。

現在の渋谷駅周辺には渋谷川が流れ、その上流側には宇田川、穏田川などの支流が集まっていました。宇田川は、現在の宇田川町や神山町の低地を通り、渋谷の中心部へ向かう流れでした。

現在の街路だけを見ると、川は直線的な一本の水路だったように想像しがちです。しかし実際の河道には曲がりがあり、支流や水路との関係もありました。本記事の復元図は、旧版地形図と渋谷区資料をもとにした概略です。

川にふたをする

東京の都市化が進むと、宇田川を含む水路は、生活排水や浸水、道路空間の不足と結び付けて捉えられるようになりました。

渋谷区の公表資料によれば、渋谷川上流部では戦前から一部で覆蓋化が進みました。1950年に東京都の下水道計画が告示され、1961年には区議会の特別委員会が下水道整備への対応をまとめます。1964年の東京オリンピックを前に工事が急速に進み、宇田川や穏田川は1964年前後に暗渠となったとする区資料があります。

ただし、宇田川の全区間が同じ日に一斉に地下へ入ったわけではありません。区の別資料は、昭和40年代初めまでに渋谷川上流部と支流の大半が姿を消したと整理しています。したがって本記事では、「1964年に消えた」と一点で断定せず、戦前から1960年代後半にかけて段階的に暗渠化された、と記します。

現代的な渋谷の街路と地下に隠れた川の概念を断面構図で表した創作ビジュアル
VISUAL NOTE / 暗渠化渋谷の街と地下の川を模式的に重ねた創作ビジュアルです。実際の地下施設・流路構造を示すものではありません。

川はなくなったのではなく、見えなくなった

暗渠とは、川や水路にふたをし、地下の流路にすることです。

宇田川の場合、かつての流れは下水道の一部に組み込まれました。地図上から青い線が消えても、水が通る空間までなくなったわけではありません。地上は道路や商業地となり、地下では都市を支える施設が働いています。

「消えた川」という表現には、見えなくなったことと、機能が変わったことの両方が含まれます。

橋の名が示す、見えない河道

川があった場所には橋が架かっていました。

渋谷区立図書館は、宇田川やその支流にあった橋を記録し、橋名や痕跡を紹介しています。神山町付近にあった五石橋も、その一つです。渋谷区資料には、1959年ごろの五石橋周辺の写真が掲載されています。

橋は川を渡るための構造物です。川面が隠されると、橋は役割を失います。それでも橋名や欄干の一部、道の接続の仕方が残れば、そこがかつて「向こう岸」と「こちら岸」を分けていた場所だと分かります。

現地で痕跡を紹介する際は、私有物や後年の模造物を旧橋の遺構と誤認しないよう、区立図書館や郷土博物館の資料と照合します。

宇田川町に残った川

宇田川の名は、現在も「宇田川町」として使われています。

渋谷区のまちづくり資料は、神南・宇田川周辺の特徴として谷状の地形を挙げています。川そのものが見えなくても、地形は街路や建物の配置、雨水の集まり方に影響を残します。

再開発が続く渋谷では、地下と地上を結び直す取り組みも進んでいます。ただし、現在地上に再生された渋谷川と、暗渠のままの宇田川を混同してはいけません。宇田川は「復活した川」ではなく、いまも主に地下にある流れです。

見えない川を歩く

宇田川をたどる散策では、舗装の下に川があると断定するだけでなく、何を根拠にルートを示したかを明らかにします。

旧版地形図、橋の位置、谷地形、公的資料を重ね、確度に応じて実線と破線を使い分けます。現地写真には撮影地点と方向を付けます。雨天時の増水や下水道施設への立入りを促すような表現は避け、地上の公道から観察できる範囲を案内します。

街の下に流れる時間

宇田川は、渋谷の地図から青い線として消えました。

その一方で、地名、谷、橋の記録、曲がる道、地下の流路として存在し続けています。暗渠化は衛生、治水、下水道、道路、そしてオリンピックを前にした都市整備が重なって進みました。

人通りの多い渋谷で足を止め、街の低さを見る。そのとき、宇田川は失われた風景ではなく、現在の街を形づくった見えない地形として現れます。

主な出典

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次