コラム– category –
-
コラム
欲しい器は海の向こうにあった
中世の瀬戸は、中国の青磁・白磁や高麗青磁を手本に、独自の器を育てました。古瀬戸の形と釉薬から、外の世界に学ぶ産地の出発点を読みます。 -
コラム
#10 5,000人以上が暮らした島から、人が消えた日。軍艦島は廃墟になる前、ひとつの町だった
最盛期に約5,300人が暮らした長崎市の端島(軍艦島)。学校、病院、商店、映画館があった海上都市の暮らし、炭鉱労働、1974年の閉山と無人化、世界遺産となった現在をたどります。 -
コラム
#09 最大約2万人が暮らした炭鉱の町は、なぜ湖底に沈んだのか。大夕張・鹿島地区の記憶
最盛期に最大約2万人が暮らした北海道夕張市鹿島地区。1973年の炭鉱閉山、1998年の全戸移転、2015年の夕張シューパロダム完成を分けてたどり、湖底に残る町の記憶を考えます。 -
コラム
「せともの」という言葉の向こうにある町
「せともの」の名を生んだ町、瀬戸。器を入口に、千年以上のやきものづくりと、2029年に100周年を迎える市の歩みをたどる連載が始まります。 -
コラム
#08 列車が消えた「天空の駅」。116段の先で、地域はもう一度つながった
旧三江線・宇都井駅は、地上約20メートル、116段の階段を持つ「天空の駅」。2018年の廃線後、鉄道公園とトロッコ、INAKAイルミを通じて地域と人を結び直しています。 -
コラム
#07 巨椋池――京都にあった大きな池
京都盆地南部には、かつて周囲約16キロの巨椋池がありました。河川改修で水系から切り離され、1933〜1941年の干拓で農地へ変わった歴史と、現在の地域との関係をたどります。 -
コラム
#06 宇田川――渋谷の谷を流れていた川
渋谷センター街周辺の地下には、かつて宇田川が流れていました。戦前から東京五輪前後まで進んだ暗渠化と、橋の痕跡、谷地形、地名に残る川の記憶をたどります。 -
コラム
#05 徳山村――湖の底に沈んだ、八つの集落
岐阜県旧徳山村では徳山ダム建設に伴い、八つの集落から全世帯が移転しました。村の廃止、試験湛水、湖底に沈んだ暮らしと、記憶をつなぐ現在を公的資料からたどります。 -
コラム
#04 國領神社――住宅地の奥に残る、もうひとつの社地
東京都調布市の國領神社は、1963年に旧社地から神明社の境内へ遷座・合祀されました。旧社地が都営住宅へ変わった経緯と、土地の記憶を一次資料からたどります。 -
コラム
「日比谷神社」は、なぜ日比谷にないのか――400年の移転史を地図で追う
日比谷神社が日比谷にない理由|江戸城から新橋まで400年の移転を追う。公式ご由緒と国土地理院の地図から、社号だけが旧地を指さす過程をたどる。
12
