列車は、もう来ない。
それなのに、駅へ続く階段を登る人がいる。
島根県の山あいに、高さ20メートルの場所へホームを持つ、不思議な駅がある。
宇都井(うづい)駅。
かつてJR三江線の駅だったこの場所は、116段の階段を登らなければホームにたどり着けないことから、「天空の駅」と呼ばれていた。
2018年3月31日、最後の列車が走った。
鉄道としての役割を終えた駅は、そのまま忘れられていくはずだったのかもしれない。
しかし、この場所では違うことが起きた。
鉄道を愛した人たちが戻り、地域を守りたい人たちが集まり、もう一度レールの上を走る乗り物が現れた。
列車が消えたあとも、人々の往来が続いている。
なくなったのは鉄道だった。だが、地域と人をつなぐ役割まで、なくなったわけではなかった。
CHAPTER 01|空に浮かぶ、奇妙な駅
島根県邑智郡邑南町宇都井。
中国山地の山々に囲まれた集落の上を、巨大なコンクリートの高架橋が横切っている。
その中央には、まるで塔のような階段室がある。
階段は116段。
地上から約20メートルの高さに、かつての駅のホームがある。
周辺に高層ビルはない。広がるのは山、集落、田畑、そして季節ごとに色を変える里山の風景だ。
どうして、こんな場所に空中の駅が造られたのだろうか。
その理由は、鉄道が山間地を通り抜けるための地形条件にある。
宇都井駅付近では、高架橋の前後にトンネルが続く。鉄道の線路は高い位置を通る必要があり、駅のホームもその高さに設けられた。
乗客は長い階段を登って列車を待った。
開業当時、日本一の高さを誇った高架駅は、珍しい構造そのものが人々の記憶に残る場所となった。
ただし、宇都井駅の本当の価値は、高さだけではない。
この高架橋の下には、鉄道ができる前から続いてきた地域の暮らしがある。
鉄道は、その暮らしを外の世界へつなぐ一本の道だった。
CHAPTER 02|50年かけて完成した、108.1キロの夢
宇都井駅を理解するには、三江線の歴史を振り返る必要がある。
三江線は、島根県江津市と広島県三次市を結んでいた鉄道だ。
営業距離は108.1キロメートル。
江の川流域の山間部を通り、山陰側と広島県北部をつないでいた。
この路線が一度に完成したわけではない。
島根県側では1926年に工事が始まり、1930年に江津側の最初の区間が開業した。その後、南北双方から建設が進められたものの、戦争などによる中断も経験した。
すべての区間がつながったのは、1975年8月31日のことだった。
計画からおよそ半世紀。
宇都井駅も、この全線開通に合わせて開業した。
長い年月をかけて完成した鉄道は、地域にとって大きな出来事だったと考えられる。
ところが、その頃の日本では、すでに移動手段の中心が鉄道から自動車へ移りつつあった。
道路整備が進み、家庭に自家用車が普及していく。
鉄道を待ち望んできた地域で、鉄道が完成したときには、社会の側が変わり始めていたのである。
CHAPTER 03|2018年3月31日。最後の列車
2018年3月31日。
三江線は最後の営業運転を終えた。
背景には、沿線人口の減少、道路交通の発達、自家用車への移行などによる利用者の減少があった。
JR西日本や地域関係者による利用促進の取り組みも続けられたが、鉄道としての運行を維持するには厳しい状況が続いていた。
交通機関を維持するには費用がかかる。
一方、地域の人々にとって交通とは、単純な利用者数や収支だけで判断できないものでもある。
車を運転できない人の移動手段。
遠く離れた町へ向かう道。
帰省する人が故郷へ近づいていく時間。
地域の外から人が訪れる入口。
鉄道には、数字だけでは測りきれない役割がある。
だからといって、どれほど費用がかかっても鉄道を存続させるべきだと、簡単に言うこともできない。
問われるのは、鉄道が担ってきた役割を、廃止後にどう引き継ぐかという問題だ。
三江線では列車の運行が終わり、駅の施設だけが残された。
宇都井駅も例外ではなかった。
ホームは空になった。
しかし、物語はそこで終わらなかった。
CHAPTER 04|廃線から2か月後、地域を動かす人たちがいた
鉄道の廃止が決まったあと、沿線では存続を求めて活動してきた団体が、新しい可能性を模索していた。
2017年11月、沿線の9団体の代表が集まり、「三江線地域フォーラム」が結成された。
鉄道の存続は実現しなかった。
それでも、三江線を愛してきた人々は、地域に関わり続ける道を選んだ。
2018年5月15日。
三江線の廃止から約1か月半後、NPO法人「江の川鐵道」が設立された。
目的は、鉄道の跡地や鉄道文化を生かした地域振興、交流人口・関係人口の増加など。
鉄道を復活させることだけが、活動の目的ではなかった。
残された駅やレールを、もう一度人が集まるきっかけにする。
その取り組みの一つが、旧線路を使ったトロッコの運行だった。
かつて気動車が通った線路の一部を、今度は小さなトロッコが走る。
もちろん、それは三江線の鉄道営業が復活したという意味ではない。
運行区間も、利用目的も、以前の鉄道とは異なる。
しかし、列車が来なくなった駅へ、人が戻ってくる理由が生まれた。
ここに、宇都井駅の新しい歴史が始まった。
CHAPTER 05|駅は鉄道公園に生まれ変わった
2019年7月1日、邑南町は旧宇都井駅の鉄道資産をJR西日本から無償譲渡で取得した。
そして2021年4月1日、宇都井駅は「邑南町三江線鉄道公園・宇都井駅公園」として一般開放された。
かつては列車に乗るために登った階段。
その階段が今度は、鉄道の歴史や地域の風景を見に行くための道になった。
訪れる人は、三江線の歴史に触れ、駅を支える構造物を見上げ、山あいの風景を眺めることができる。
イベントの日には、普段は入れないホームも開放され、トロッコ体験などが行われている。
同じ高架橋でも、役割が変われば、そこで生まれる体験も変わる。
通過するための場所から、立ち止まるための場所へ。
宇都井駅は、鉄道駅としての役割を終えたあと、地域の記憶に触れられる公共空間になった。
CHAPTER 06|夜になると、天空の駅に光が灯る
宇都井駅には、もう一つの顔がある。
夜の高架橋を光で彩る「INAKAイルミ」だ。
このイベントが始まったのは、三江線がまだ営業していた2010年のことだった。
つまり、廃線後に突然始まった取り組みではない。
鉄道が走っていた頃から、地域には駅を生かして人を呼び込む活動が存在していた。
高架橋や周囲の集落を彩るイルミネーション。
暗い山あいに光が浮かび、普段とは異なる宇都井の景色が現れる。
鉄道の廃止後も、この催しは続いている。
2026年にも、11月21日・22日の開催が案内されている。
開催に関わるのは、地域の人々だけではない。町の外から参加する協力者もいる。
普段は別の町で暮らしている人が、準備や運営のために宇都井へ向かう。
そのつながりは、一度の観光では終わらないことがある。
イベントをつくる側になれば、地域は単なる目的地ではなく、自分が関わる場所へと変わっていく。
宇都井駅の夜を照らしているのは、電飾だけではない。
活動を続ける人々の意思でもある。
CHAPTER 07|関係人口は「住む人」だけではない
日本関係人口協会が、この場所を取り上げる理由がある。
それは宇都井駅が、関係人口という考え方を具体的に示す場所だからだ。
地域の人口が減ると、活動を支える人手も減る。
駅や橋、古い建物などを残すだけでも、点検、清掃、維持管理、イベント運営など、さまざまな仕事が必要になる。
地域に暮らす人だけですべてを担うことが難しくなる場合もある。
そこで、町の外に暮らす人々との関わりが意味を持つ。
NPO法人江の川鐵道は、全国から活動に賛同する人々が集まり、トロッコ運行やイベントを支えていると説明している。
2022年には、沿線外から参加するボランティアの存在や、都市部から地域へ関わる人々の取り組みを、総務大臣への活動紹介でも伝えている。
ここには、関係人口の重要な特徴がある。
その地域に住んでいなくても、関わることはできる。
毎日そこに通っていなくても、地域を支える活動に参加できる。
一度訪れたことをきっかけに、何度も通うようになる人もいるだろう。
ただし、すべての観光客が、そのまま関係人口になるわけではない。
大切なのは、訪れた人数だけではなく、その地域との関わりが続くかどうかだ。
宇都井駅の取り組みは、地域の人口が減少するなかで、人と地域の関係をどうつくり直せるかという問いを投げかけている。
CHAPTER 08|2025年、駅は新しい価値を認められた
2025年度、宇都井高架橋は土木学会の「選奨土木遺産」に認定された。
宇都井高架橋は1974年に竣工したコンクリート構造物である。
脚と桁が一体となる構造や、温度変化による伸縮を吸収する工夫など、当時の技術的な特徴が評価された。
かつては、列車を安全に通すための構造物だった。
その後、鉄道としての役割を終えた。
そして今、土木の歴史を伝える遺産として、新たな価値が認められている。
建設当時に与えられた役割は終わっても、その構造物の価値まで消えるとは限らない。
宇都井駅は、鉄道遺産であり、地域の記憶を伝える場所であり、人々が集まる場所でもある。
廃線跡の活用は、かつての姿をそのまま取り戻すことではない。
残されたものに、現在の地域に合った新しい役割を見いだすことでもある。
CHAPTER 09|地図から消えても、残ったもの
かつての鉄道路線図には、江津から三次まで、三江線という一本の線が描かれていた。
宇都井駅も、その線上にある一つの駅だった。
いま、現役のJR路線図に三江線はない。
しかし、宇都井の高架橋は残っている。
116段の階段も残っている。
そこには、鉄道の歴史を守ろうとする人々がいる。
遠くから参加する人々がいる。
季節ごとに訪れる人々がいる。
かつて鉄道が結んでいた地域に、別の形のつながりが生まれている。
もちろん、保存活動や観光によって、廃線による交通上の不便がすべて解消されるわけではない。
失われた生活路線としての機能と、新しく生まれた交流の価値は、分けて考える必要がある。
それでも、宇都井駅は教えてくれる。
場所の役割は、一度決まったら終わりというものではない。
鉄道がなくなったら、すべてが終わるわけでもない。
地図から消えた一本の線を、人のつながりが別の形で描き直している。
宇都井駅は、列車が来なくなった今も、地域への入口であり続けている。
HISTORY|宇都井駅がたどった時間
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1974年 | 宇都井高架橋が竣工 |
| 1975年8月31日 | 三江線全線開通、宇都井駅開業 |
| 2010年 | INAKAイルミ開始 |
| 2018年3月31日 | 三江線の最終営業運転 |
| 2018年5月 | NPO法人江の川鐵道設立 |
| 2019年7月 | 邑南町が旧宇都井駅の鉄道資産を取得 |
| 2021年4月 | 宇都井駅公園として一般開放 |
| 2025年度 | 宇都井高架橋が土木学会選奨土木遺産に認定 |
| 2026年 | トロッコ運行やINAKAイルミなどの活動が継続 |
MAP|現在の宇都井駅を訪ねる
名称: 邑南町三江線鉄道公園(宇都井駅公園)
所在地: 島根県邑智郡邑南町宇都井1044
現在は鉄道駅ではないため、JRの列車で訪れることはできない。現地へ向かう場合は、道路交通や代替バスなどの情報を事前に確認したい。
116段の階段の最上階までは無料で登れるが、ホームへの入場はイベント開催時などに限られている。
トロッコは定期旅客鉄道ではなく、運行日・運行区間が限定された体験事業である。
また、階段室にはエレベーターがない。線路やトンネル、高架橋の管理区域へ無断で立ち入ることはできない。
旧線の位置を確認する際は、国土地理院の旧版地図や空中写真などと現在の地図を比較したい。ただし、古い地図上の線路位置を、測量による照合なしに現在の地番へ厳密に対応させることは避ける。
SOURCES|主な出典・参考資料
- 島根県公式観光情報サイト「旧三江線宇都井駅」
- 島根県「鉄道物語―旧JR三江線」
- 邑南町「邑南町三江線鉄道公園(宇都井駅公園)」
- NPO法人江の川鐵道「宇都井駅公園」
- NPO法人江の川鐵道「法人の活動と沿革」
- JR西日本「三江線 江津~三次駅間の鉄道事業廃止届出について」
- 土木学会「宇都井高架橋」令和7年度選奨土木遺産
- NPO法人江の川鐵道「三江線トロッコ運行予約開始」2026年9月4日
- NPO法人江の川鐵道「2026年11月21〜22日 INAKAイルミ」案内
編集注:本記事は公開資料に基づいて作成したものです。現地取材や住民への直接取材は行っていません。2026年10月27日時点の情報を参照しており、イベント日程・公開範囲は変更されることがあります。
地図から消えた日本 — LOST JAPAN
次回 #09|人口2万人の炭鉱の町は、なぜ湖底に沈んだのか。大夕張・鹿島地区の記憶
なくなったのは、場所だけだろうか。

